希望はどこに

 

 

相変わらず月に数回、心療内科に通ってカウンセリングを続けている。…正直自分でも飽きてきた。いい加減に立ち直れよと思う。自分が自分の中で起こっていることを理解しきれない。次々に、無限に頭の中に湧いてくる言葉と文章。誰かに全部吐き出し、投げつけて、早く楽になりたいと思っている。

どうにも参った。ストレスとプレッシャーで鬱になり、自分が一番好きだったものを見失って、活力も失って、ただ時間を使って生きている。楽しくないわけではない。小さな幸せはある。笑うことも増えた。それでいいとも思っている。だから、大きな感動はなくても、ただこのぼんやりとした日常が続いていくのが人生というものなんじゃないか…というようなことを思うようになった。でも…自分の心はまだなにかを探しているらしい。このまま死にたくない…そういう声がしている。

 

「幸せは気づくもの」と言っていた人がいた。求めるものではなくて、もうすでに自分の身の回りにあり、見方を変えれば「当たり前」の日常があることがもうすでに幸せなんだ、と誰かを諭すように言っていた。確かにそうかもしれない。だとしたら僕みたいなのは、自分が充分に恵まれているということに感謝もできずそれでもなにかを求めている、相当に欲まみれの、罪の深い人間だということになるのだろうか。

今自分の周りにあるものに感謝をしていないわけじゃない。今までなんとなくなにかを作ることができていて、そういう機会に恵まれて生きてこれたことは、本当に幸せだと思っている。でも、幸せを「求める」ことは悪いことなのか?…できるならもう一度、目の輝きを取り戻したいと思っている。心に火を灯して生きていたいし、僕が世の中の創作物から受けた愛を、消費だけするような終わり方はしたくない。

 

人間の寿命はせいぜい80年程度だ。100年くらい生きる人もいるが、平均はそのくらいである。いち個人が一生で得られる感動、情報、知恵、経験…そういうものには限りがある。どれだけ能力があったとしても、死を克服するまではみんな平等に死ぬことになっている。しかも、たちが悪いことにいつ死ぬか分からない。だからひとりの人間がたどり着けるような「人生とは◯◯だ」みたいな結論とか言い切り型の真理みたいなものは、肉体が死んだ瞬間に終わりになる。稼いだ金も地位も名誉も、あの世には持っていけない(ということになっている)。

だから、人間はこうして文章や書物に遺したり、作品にしたり、誰かに伝えたりすることで、その叡智にかかる制限時間を延ばしている。自分が生きていた証がどうのこうのというが、僕が一番尊いと思うのは伝えることと遺すことだ。これがあれば、死んでも無にならない気がする。誰かが意志を継いでくれたり、なにか大きなものに繋がるような気がする。

今の僕には別にやりかけていることとかやり残したことがないので、死ぬことが特別嫌だと思うことはない。怖さはある。でも半分くらいは受け入れられる気がする。でもそれはやっぱり、自分が知ったことや考えたこと、この世界がどんなだったか、そしてなにを思ったかを全て吐き出せたなら…という前提の上だ。死ぬ前になって「こんな面白いこと考えてたんだけどな」と思って目を閉じたら、多分後悔する気がする。だから、やっぱりなにか作り続けたいとは思うし、できるだけ書き残しておきたいと思う。誰かが救われるとか救いたいとか、そんなことはもう考えてない。自分が考えていることが合っているかどうかもわからない。自分の整合性を証明することより、とにかく、なにか吐き続けないと…あとで後悔するのが怖い。

 

心理士の人に、最近なにも楽しいことがない、と話をしたついでに、やっぱり自分の昔の頑張りのこととかを思い出して、時々言葉につまりながら「希望をなくした」と告白した。昔は確かにそれがあったような気がした。自分の身体が削れていくような感じがしながらも、全身に血を巡らせることができて、まだ立っていられた時のことを話した。美術界の色々にも片足突っ込んでみて、これはとても希望を持ち続けられないと思ったこと、そういう自分にも失望したというようなことを話した。

「そしたらね、その楽しかった時、なにがあなたにとって希望だったのか聞かせてくれませんか?」と言われて、色々思い出してみた。ただ人に言われるままに生きていた自分が、急に「芸術をやりたい」などと思い立って、自我を得て、自尊心と自負をもって歩き始めたときのことを思い返した。

 

僕に芸術を教えてくれた先生がいた。先生の言葉はいつも僕の心に響いた。海外でも活動してた人だから、僕が知り得る情報や体験より遥かに奥行きも厚みもあって、世界が広がる感じがした。

先生は決して優しくなかった。数日間ウンウン唸りながら必死に持っていった作品の構想や模型を「くだらねえ」と吐き捨てて叩き潰されたこともあった。でも、自分が持っていた小さなコンプレックスも悩みも気にならないくらい、深い愛があった。

「お前はこんなことがやりたいのか?」先生は何度も僕に問うた。…お見通しだ。自分でもよく分からないものを、先生は絶対に許さなかった。学生が小手先で作ったものなんて、何年も活動して作品を作り続けている人からしたらハリボテに見えるんだろう。嘘はすぐバレた。でも、そういう着飾って頭の良いことを言おうとしている自分より、自分の本当の気持ちとか、言葉の裏側をいつも見てくれていた…ような気がする。諦めて、正直になって、開き直って…やっと作った汚い泥の板みたいな作品を、先生は「僕は君の作品が好きだよ!」と言って、満面の笑顔で褒めてくれた…

本当はもっとキラキラして、光とかがたくさん当たって、整頓されてデザインされた作品を作るつもりだった。当時、吉岡徳仁とか、オラファー・エリアソンが流行っていたから、そういうものの影響を受けていたのもあった。でも、先生には僕の人間性というか、そういう泥臭くて不器用な部分が初めから見えていたのかもしれない。本当の意味で自分のことを初めて知ることができたような、そういう快感があった。「表現する」ということの楽しさと苦しさを知った。そして、そういう自分を認めてくれたことが嬉しかった。

 

あの人がいなかったら、出会えなかったら、僕はここまで真剣に生きようと思えなかったんじゃないかと思う。適当に就職をして、目の前の仕事に忙殺されて、来月の給料はなんぼだとか、税金が、年金がどうだみたいなことばっかり考えていたかもしれない。…まあ今もそんなことばっかり考えているが、違う。…まだ、何かある。辞めたはずなのに、諦めたのに、まだ手を引っ張って「お前はそんなことがやりたかったのか?」と誰かが問うてくる。でも、先生じゃない。もう何年も会っていないから。…多分、自分だ。自分の心が、まだ何かやりたいらしい。全然諦めていない。

あの時、僕の心に火をつけたのは先生だったと思う。僕が今まで守っていたのはおそらくその火だ。自分なりに消えないように守っていた。先生が伝えてくれたことを、僕は多分、本当に大切に想っていたんだと思う。ところが、火を守る手が疲れてきて、雨風を吹き晒して無視するようになった今も、一向に消えない。まだ燃えている。しかも、自分でつけた火じゃないから、困ったことに消し方が分からない。

火のないところに煙は立たずと言うが、火だって、火種がないと点かない。一時期、某動画サイトでサバイバル系の動画を見漁っていたことがあるが、一番苦労するのが火の確保である。乾いた火口と火種が要る。簡単に見えて、手順も難しい。勝手に都合よくつくものではないのだ。人の心に火をつけるのは、多分その人自身じゃない。誰か…心の火を分けてくれて、熱く燃やしてくれる、そういう誰かの存在なんだ…そう思った。

 

僕にとって希望というのは、そういう人がいてくれることだったのかもしれない。何かになるか?とか関係なく、そういうものを残そうとしてくれたこと。きれいなもの、かっこいいもの、面白いものを残してくれたこと。世界はそんなに悪くないぞって、いい顔して言ってくれるような…そういうものを信じて、伝えようとしてくれた人たちの存在。好きなバンドも、アーティストも、哲学者も、学者も、映画監督も。僕の希望だったのだ。本当に、心からそう思ったから、心理士の人にそのまま伝えた。今までと違う深い頷き方をしてくれて、結構嬉しくなった。…そうでしょ。だって、そうなのだ。

 

つい先日知り合った人に、作品見せてくださいみたいな話になって、その人に自分の作品のURLを送った。なんかこんなホームページとか頑張って作ってたな、なんて思ったりして、久しぶりに自分の作品を見てみた。暇つぶしのつもりだったけど、なんだ、結構かっこいいもの作ってんじゃないか、と思えた。

ところでこいつ、制作を辞めたらしい。でももしまだ何かを作れるなら、もう少し作品を見てみたいと思った。こいつの心で燃えてる火がどんなもんか、今は分からないが、またやってみようと思えるときがきたらいつか。