コロナウイルスの効用(納豆が食えるようになった話)



コロナ・パニックの始まりから3年…。
なんとかウィルスから逃げ続けていたのだが、先日ついにあえなく感染した。感染は怖い。発症日から逆算すれば大体の経路の予想はつくが、ウィルスが体内に入ってきたその「瞬間」のタイミングは全くわからない。自分なりにかなり注意はしていたつもりで、できるだけ消毒・手洗いもしていたし、なによりあまり外に出ないようにしていた(これはコロナがどうとか関係なく単純に部屋にこもって作業することが多かったのもある)。どんなに注意していたって、なる時はなるものなんだろうと割り切るしかない。個人的にはインフルエンザの方がずっと辛い感じがした。関節のだるさや身体の重さ、つらさが全く違う。

数年ぶりに寝込んで、皮肉にも頭がスッキリ軽くなった感じがある。身体はそこまでつらくなかったけど、石彫用のノミでガンガンやられているような”超”頭痛と、若干のふらつきがあったので、寝て・寝て・寝ての連続だった。1週間くらいは本も読めなかったし、携帯も見られなかった。そうやって、いつも入れている情報を全部一回止めて天井だけ見ていたから、無意識のうちに脳内を圧迫していたキャッシュがきれいに全部削除されて、メモリも解放されたのかもしれない。元気になって久しぶりにノートを開いたら、頭の回転が速くなった実感があった。インプットされた情報がスパンスパンと頭の中でつながっていく感じがあって楽しかった。「頭のスイッチを切る」というのは大事なことなのだ。もしかしたら「治す」ということだけに集中できる状況も手伝ったかもしれない。普段は色んなことが気になって、どうしてもあっちこっちに意識が引っ張られる。そういうのは「強い意志」みたいなものではどうにもならないので、療養中「それどころではない」状態になったのが、気を休めるよい機会になったのだと思う。

コロナも悪くない、と言ったら語弊があるけど、悪いことばかりじゃないなと思ったのは、強制的にこうやって休みを取らされたことだ。人間、生きてるだけで色んなことを背負っているんだなというか、思考のゴミやいらない情報とかが毎日少しずつ溜まっていって、自分に負荷をかけながら生きているのだろうなと思った。江戸時代だったら1年かけて得るくらいの情報量を、今の時代はたった1日で手に入れられてしまう、みたいな話もあるらしく、改めて考えると脳って大変!脳細胞頑張れ、と思った。

身体にも変化があって、お腹は空くのに食う気がしなかったりして、ゼリーとか果物ばっかり食べていたから、数日経って普通に食事したらいつもの味付けが濃すぎて全然食べられなかった。たまーに食べていたジャンクフードも、塩っぱいしとにかく味が濃い。なんてものを食っていたんだろうと思った。その代わり、米が、水が、野菜が、とても美味しく感じるようになった!コロナに感染すると味覚障害が起こることがあるとかいう話は聞いていたけど、思わぬ方向への変化があった。今回はそのことについて書く。


僕は納豆が小さい頃から苦手だった。小学校の頃、献立表が配られるたびに納豆の日を確認し、「Xデー」を意識しては朝から憂鬱になっていた。給食というのは、多少苦手で食えないものが出たとしても「少しは頑張って食べてみようね」と担任に圧をかけられるものである。なので、僕はその監視の目をかいくぐり、事前に約束しておいた友達に納豆を渡す。その代わり友達が苦手なものが出る時は僕が食べる。子供は非常に"したたか"であり、大人の目を欺いて生きているものだ。6歳にして僕は「契約」というものをちゃんと知っていた。だからほとんど友達が食ってくれたりしていたのだが、いくら納豆好きだとしても、小学生が2パックも食べるのはちょっとしんどかっただろうと今は思う。あの時はごめん。絶対このブログ見てないと思うけど。
厄介なことに、だいたい納豆というのは月に1回くらいは出る。月に1回×小学校6年間。長期休みを除いても卒業まで50回以上。それを毎回のようにお願いするわけにもいかない。一応子供ながらに気を遣って、数回に一回は頑張って食べようと挑戦してみるのだが、どうにもあの匂いと後味、食感がダメで、この歳になっても好んで食べようと思えなかった。だいたい給食後の掃除の時間になるまで食べ終わることができず居残りをして、「もういいよ」と先生に言われるまで数粒だけお箸で持ち上げては降ろし、糸の伸びを時間いっぱい観察させられていたので、納豆には個人的に恨みがある。納豆が好きな人、及び納豆関係者の方には大変申し訳ないけど、糸を引いているような豆をわざわざ食わざるをえなかった最初の人間の気持ちが本当に理解できない。

 

それから月日が流れ、「奴」とはいろいろなところで対面する機会はあった。部活の合宿所、友達の家、仕事関係の食事の席など…それから、学生の頃に貧乏旅行をして、田舎道を一人で何時間も歩き心身ともに疲れ果て、街灯のない暗闇の中やっとの思いで着いた宿で、大変だったでしょう、と暖かく迎えてくれた女将さんが「納豆どうぞ」と奴を差し出してきて、もはやこれまでと思った時以外は、その度に奴をかわし、逃げ続け、目を背けてきた。この時の旅行話もいつか気が向いたら書こうかなと思う。

…なので、まあ完全に食べられないというわけでもないのだが、今回コロナから復調したあと、やっとまともな食事がとれるようになり、ちょっとしたきっかけで「納豆を食べてみよう」と思い立ったのだった。なんか、嫌いではあるけど、白米、味噌汁、漬物、目玉焼き、ウインナーまたは焼鮭、そして納豆みたいな、スタンダードな「ザ・日本人の朝食」にものすごい憧れはあって、食えないけど食えるものなら食ってみたいとも思っていた。みんな美味しそうに食べているし。

僕は小さい頃は納豆のほか目玉焼きも苦手だった。目玉焼きは納豆よりもかなり早く克服できたけど、溶いて焼く玉子焼きとかスクランブルエッグ、オムレツみたいな黄色い「玉子」は食べられるのに、ゆで卵と目玉焼きはダメ、というなんとも繊細なガキだった。好き嫌いはそんなにない方なのだが、目玉焼きと納豆が食えないのだから「ザ・日本人の朝食」は諦めるしかない。その夢がまさかのコロナ明けに叶ったのだった。長年の宿敵・納豆をなぜか食べようと思い立った自分の心情は今となってはよくわからないが、とにかく一言「あー日本人で良かった」と思った。

散々敵視していたものを無事に食べ終えた感想としては少し間抜けなものだが、本当にそう思った。自分でもよくわからない。よくわからないのだが、一つ分かったことがあって、寿司、蕎麦、そして炊き立ての白米を食べる時、日本人はいつでも日本に深い敬意と愛国心を抱くことになっているのだ。「日本人は無宗教である」とか散々言いながらの「八百万の神」への信仰よろしく、いつでも胸には和食への感謝があるのだ。納豆が苦手なことでより白飯をかきこむ喜びが増した感じもある。
しかも、食べる習慣がなかったので全然知らなかったけど、納豆ってなんかすごい身体に良いらしい、みたいなことがネットに書いてあって、は?最高じゃん??と思った。しかも安い。安い奴だと3パックで100円もしない。どうやってこの価格で提供してるんですか。少年漫画で言うと、ずっと敵だった奴が戦いの途中で仲間になって、味方の戦力としてだけじゃなくて、主人公のために尽力もしてくれる、みたいな心強さがある。「怪我の功名」という言葉があるけど、苦手を一つ克服したということで、こうして僕は楽しくコロナ療養を終えることができたのであった。